本研究は、デジタルプラットフォーム取引の越境性に我が国が適切に対応するための国家規制、紛争解決、及び国際協力のあり方を示すことを目的としています。具体的には、①国家法間の調整の観点から、関連法規の国際的適用範囲を明らかにすると共に外国法規との抵触を調整するためのルールを探求し、国境を越えるデジタルプラットフォーム取引紛争に関する実効的救済手段を模索し、さらに、国境を越える執行に関する協力体制のあり方を提言します。その際、② グローバル・ガバナンスの観点から、国際機関や民間団体等における様々な規範形成や我が国への影響にも留意することで、理論的にも整合性があり実務的にも実効性がある包括的な規整枠組(「グローバル・デジタルプラットフォームガバナンス(GDPG)」)を設計することを目指します。
科学技術の益々の進展により、多くの産業がモジュール化・ソフトウェア化・ネットワーク化し、産業構造全体が大きく変化しており、中でも、インターネット・オークション、フリーマーケットアプリサービス、シェアリング・エコノミーといった、運営事業者が提供する一定のプラットフォームを介して行われる電子商取引(デジタルプラットフォーム取引)の重要性が高まっています。デジタルプラットフォームの特色としては、市場創設的性格・情報技術的性格と併せて、その越境的性格が指摘されています。すなわち、インターネットを通じて情報が容易に国境を越えることから、デジタルプラットフォームもまた、国境を越えて活動が進展しているのです。
けれども、このようなデジタルプラットフォームの越境性は、必然的に、国家による行為規制(事前規制)や紛争解決(事後規制)のあり方にとって、理論上・実務上多くの困難な問題を生じさせています。すなわち、一方で、国家規制においては、従来、国家は、自国と規制対象との一定の密接関連性に着目して対象事実・行為に規制を及ぼして来ましたが、デジタルプラットフォームは端末さえあれば世界中如何なる場所からも接続出来ると同時に(普遍性)、物理的領域との関連が相対的に希薄である(仮想性)といった特質を有しており、市場秩序の維持や課税といった経済政策や、弱者保護やデータ保護といった社会政策を体現する様々な規制が、具体的にどのような人的・事項的範囲で適用されるべきであるかが現状でははっきりしません。その上、各国は自国規制を広範に適用する傾向にあり、その結果、文書提出命令と秘密保持の要請等、各国規制の抵触が生じる可能性が益々高まっています。さらに、執行面においても、外国領域内に立ち入ることなく、当該領域内に所在するサーバ内に保存されているデータにアクセスし取得することが技術的に可能になっていますが、そのような行為が国際法上の執行管轄権の属地性との関係で許されるかどうかも、域外的サイバー攻撃の国際上の責任という点も含め現時点では明らかではありません。
他方、紛争解決については、デジタルプラットフォーム取引から生じる国際民事紛争において、デジタルプラットフォームが提供する消費者に限らず個人事業者も被害者となり得ますし、その上、Uber等インターネットを介して単発で役務を提供するギグ・ワークが労働契約に当たるかどうかも国によって異なり得るため、抵触法(広義の国際私法)における従来の消費者保護・労働者保護の特則では十分に対応出来ない可能性があります。また、紛争当事者が複数国に関ること、被害額が少額であることといったデジタルプラットフォーム取引紛争の特性からすれば、通常の民事訴訟による権利救済には限界があり、集団訴訟や仲裁、オンラインでの紛争解決手続(以下「ODR」)といった実効的救済手段の活用が求められます。 デジタルプラットフォームに関するこれらの問題に対処するためには、①国際法上の国家管轄権理論を踏まえた国内関連規制法の観点からの検討、及び、②抵触法的観点からの検討が必要となります。さらに、行政措置や刑事・民事手続における当事者に関する情報の入手や差止命令の執行等、規制や判決の国境を越えた実現・執行については、我が国一国で対応することは不可能であり、二国間・多国間の国家間協力を通じた執行に関する協力や、プラットフォーム運営主体との協力が必要であって、③国際的な協力体制の構築が進められなければなりません。
本研究は、我が国がデジタルプラットフォーム取引の越境性に適切に対応するための国家規制、紛争解決、及び国際協力のあり方を示すことを目的としています。上記目的を達成するために、本研究は2つの観点から遂行されます。すなわち、国家法間の調整の観点からのアプローチと、グローバル・ガバナンスの観点からのアプローチです。本研究の具体的内容は以下の通りです。
この観点からの検討としては、①新たな国家管轄権理論の下での各国法の国際的適用とその調整、②国境を越えるデジタルプラットフォーム取引紛争に関する実効的救済手段の模索、及び、③国境を越える執行に関する協力体制の構築が挙げられます。
① 新たな国家管轄権理論の下での国家法の国際的適用とその調整
インターネット時代への対応として提唱されている新たな国家管轄権理論を検証・再構築しつつ、デジタルプラットフォーム取引に関する具体的規制の国際的適用範囲を先ずは明らかにします。その上で、デジタルプラットフォームの普遍性や仮想性との関係で、各国規制の拡張的適用が必然的に増大させる規制の抵触の解決につき、米国のクラウド法やEUのデータ一般保護規則(GDPR)における調整方法や、近時の規制間調整に関して提唱される抵触法アプローチを参考に、規制分野毎に適切な調整ルールのあり方を提言します。
② 国境を越えるデジタルプラットフォーム取引紛争に関する実効的救済手段の模索
とりわけ弱者保護の観点から、現在の抵触法規則がデジタルプラットフォーム取引に何処まで解釈論上対応出来るのかという点を明らかにした上で、必要であれば米国・EU等諸外国における対応を参考に、立法論上の提言を行います。また、集団訴訟や仲裁、ODRの活用に関し、意義と問題点を明らかにし、デジタルプラットフォーム取引に相応しい裁判外紛争解決処理手続のあり方を検討します。
③ 国境を越える執行に関する協力体制の構築
刑事・行政・民事手続における関係当事者に関する情報収集や命令の執行を、国境を越えて実効的に実現するための体制の構築に関し、競争法、情報保護法、租税法等、先行分野の事例を分析・検討しながら、各分野に応じた二国間・多国間の国家間協力、また、プラットフォーム運営主体との協力体制のあり方を提言します。
他方、グローバル・ガバナンスの観点からは、デジタルプラットフォーム取引の越境性への対応として、国際機関や民間団体によるハード・ソフトな規範形成を分析します。その際、規範の具体的な内容の適切性だけではなく、それらの規範形成において特定の国家やプラットフォーム企業が与える影響や、それらの規範が国家やプラットフォーム企業に及ぼす影響についても分析・検討することで、デジタルプラットフォーム取引におけるこれらの主体による規範形成が日本法上の議論に及ぼす意義と問題点とを明らかにします。さらに、これらの非国家的規範が国家法と抵触する状況についても分析し、抵触法的アプローチを用いたその調整についても検討します。